【令和ゆかりの地】坂本八幡宮と大宰府展示館に行ってきた!

家のできごと

どーも、さるちーです。

2019年5月1日から元号が平成から「令和」に変わりますね。

そこで注目されているのが、令和の典拠となった日本最古の歌集「万葉集

そこに収められた『梅花の歌三十二首 序文』(ばいかのうたさんじゅうにしゅ じょぶん)の文言を引用されています。

その「令和」ゆかりの地が

なな、なんと!

福岡県太宰府市にあるというのです。

ということで、早速行って来ました!

 

※だざいふ:大宰府と太宰府(大と太)は、律令制下の役所は「大宰府」となり、現在の行政名は「太宰府」となります。

 

大宰府展示館に行ってみた!

大宰府政庁跡の横にある大宰府展示館

 

令和効果もあってか、人が多いですね。大宰府政庁跡は行ったことありますが、この展示館は初めて入ります。

入り口には、奈良時代のお役人になれる顔はめパネルがあります。

恥ずかしながら一応、撮りました…

 

ありがたいことに展示館の中は、写真撮影可となっていました。

 

中に入るといきなりジオラマがあります。博多人形で作られたもののようです。

これは「梅花の宴」を再現したものです。

この宴で詠まれた「梅花の歌三十二首」の序文

『初春の月にして、気淑く風ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫ず(しょしゅんのれいげつにして、きよくかぜやわらぎ、うめはきょうぜんのこをひらき、らんははいごのこうをくんず)』

 

ここから引用されたのが新元号の「令和」となります。

 

奈良時代の歌なんで何言ってるかさっぱりわかりませんが(笑)

「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ」という意味が込められているそうです。

 

はじめ新元号発表を見た時は、ちょっと冷たい印象がありましたが、これを機に良い印象になりましたね。

 

饗宴の膳

梅花の宴の時に出された食事を再現したものらしいです。

昔からパーティはあったんですね。

右上の下級官人のものと比べるとかなり豪華な食事だとわかりますね。

饗宴の膳はは白米。下級は玄米。

下級官人でさえ玄米だったんですね!

 

万葉集に「令和」発見!

万葉集の写本

万葉集も展示してありました。蛍光灯が写っていますが(笑)

 

新元号「令和」の典拠となった『梅花の歌三十二首 序文』は巻五に収められています。

 

これを見ると、

おぉっ!スゲー!となりますね。

 

大伴旅人(おおとものたびと)って誰?

そもそもこの『梅花の宴』を主催した大伴旅人って誰よ?ってなりますよね。

この大宰府政庁跡には、7世紀後半から12世紀前半にかけて(奈良・平安時代)、軍事、外交、経済を担った「大宰府」が置かれ九州を治めていました。地方最大の役所があった場所になります。

大伴旅人は727年ごろに、この大宰府に赴任してきたお役人になります。政治家だけでなく、歌人としても才能を発揮していたようで沢山の歌を残しているそうです。

天平2年(730年)、大宰府の帥(そち)に就任した大伴旅人は自宅に役人たちを招き「梅花」をテーマに歌を詠む「梅花の宴」を開いたそうです。

 

旅人は、きっとパリピだったんでしょうね。

 

※ちなみに、学問の神様として知られる太宰府天満宮の「菅原道真」は平安時代なので、ずっと後(約200年後)の話になります。

 

大宰府政庁跡(都府楼跡)に行ってみた!

大宰府展示館のすぐ隣にある大宰府政庁跡(都府楼跡)に行ってみました。

大宰府政庁跡はこんな感じです↓

史跡なので何もなくだだっ広いところ

鬼ごっこやかくれんぼをしても一生捕まらないぐらい広いです。子供の頃、遠足で来たことがあるので懐かしいです。

 

柱が立っていた礎石がたくさんあり、かなり壮大な建物だったことがわかります。想像してロマンを感じましょう!

他は、特に目立ったものは何もなく、石碑なんかがチラホラとあるぐらいです。

これは、大弐紀卿(だいにきのきゃう)の「梅花の歌」が彫られた石碑

たぶん、きのきょうと呼ぶんでしょう。

 

『正月立ち 春の来たらば かくしこそ 梅を招きつつ 楽しき終へめ』

(むつきたち はるのきたらば かくしこそ うめををきつつ たのしきをへめ)

 

 

何言ってるかさっぱりわかりません。

 

この政庁跡は、当時はこのような立派な門があったりしたようです。

ここは大宰府政庁跡(都府楼跡)は、桜が満開になるととても綺麗なお花見スポットになりますよ。

 

坂本八幡宮に行ってみた!

大伴旅人の邸宅の場所には諸説あるようですが、その一つで坂本八幡宮の近くに邸宅があったと言われているようです。

 

早速、坂本八幡宮に行ってみることにします。

※四季折々の自然の中にひっそりたたずむ神社の近くに旅人の邸宅があったと言われているそうです

 

大宰府政庁跡の横にある脇道を歩くこと数分。

景色もいいし、散歩にはちょうどいいですね。

右にあるのが大宰府政庁跡です。

 

坂本八幡宮

意外とちっぽけな神社ですが、風情が漂います。

旅人は大宰府の長官(帥)だけあって、大宰府政庁跡から徒歩数分で出勤できるし、神社もあるし、もうここら辺に邸宅があったんじゃないかなと思いますが。

 

お参りもしました。

これまでは無名だった神社が、今では「令和」効果で人が沢山参拝に来ています。

大伴旅人もきっと喜ばれていることでしょう。

 

御朱印は5月1日から

残念ながら参拝したことを証明する坂本八幡宮の御朱印は、新元号の令和に合わせて5月1日から希望者のみ500円で授けるとのことらしいです。

せっかく来たのに残念…無念。

 

代わりに『令和』の額縁を持って記念写真は撮れます!

こんな感じで、菅官房長官みたいに『令和』だよーって。

無料だったので一応、記念に撮りましたが、

これは必要なのかな…

 

美味しいお茶屋さんを発見!

大宰府政庁跡(都府楼跡)の道路を、挟んで真向かいにいい感じのお茶屋さんを発見したので、そこで休憩しました。

 

三十三茶屋

最初は、抹茶ソフトクリームでも食べようと思っていたけど、中に入るとお茶のいい香りが漂っていてお茶を飲みたくなりました!

しかも、ウェルカムドリンクならぬウェルカム茶とお菓子が無料で出されたことにびっくり!

 

わらび餅と抹茶のセット

子供と半分ずつ食べるはずが、子供はバクバク食べてしまいました。

確かにわらび餅も抹茶も美味かったです!

 

ほうじ茶ラテとお菓子のセット

嫁はこれを召し上がっていました。

美味しいとのことです。

 

令和のゆかりの地をめぐった感想

今回は、新元号『令和』のゆかりの地、太宰府市の大宰府展示館大宰府政庁跡坂本八幡宮を巡ってみました!

万葉集に収められた「梅花の歌三十二首 序文」

初春令月、気淑風和』が出典となって新元号「令和」が決まりました。

新時代の元号由来となる歴史を感じることができたし、地元福岡でも知らない事ってあるんだなと思いました。

令和時代は、とても素晴らしい時代になることを願っています!

 

今日はそんな休日でした

では。

 

 

太宰府展示館へのアクセス方法

住所:福岡県太宰府市観世音寺四丁目6番1号

TEL:092-922-9524

開館時間:9:00~16:30

休館日:月曜日(祝日の場合はその翌日)※要問合せ

入館料:無料

駐車場:なし

※隣の大宰府政庁跡は40台の駐車場有り

 

・太宰府インターから車で5分

・JR二日市駅から車で10分

・西鉄都府楼前駅から徒歩で15分

 

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